休みボケは無し。

小曾部の山で見つけた桜

昨夜は10時には寝たせいか、朝は6時半に目覚める。
純情きらり」は僕にとっては土曜の朝9時半から一週間分まとめて見るものと決まっていたが、妻にBS2なら朝7時半から見れるジャンと言われ、なるほどそれならば出勤前に見れるわと思い、早速今朝は7時半に見た。
今日は、サクラと味噌屋の坊ちゃんがいよいよ音楽学校受験のために上京。サクラが早速ドジを踏んで、二人の荷物を丸々取られてしまう。
取ったグルの一味の寮に泊めてもらうことになったが、坊ちゃんと同じ部屋に寝ることにーーー。その寮には音楽志望や絵描きなど、ちょっと普通じゃない人たちが共同生活をしていて、いかにもこれから波乱が巻き起こる雰囲気をかもし出す。

毎朝見れるのはいいのだが、見終わった時、気分的に「あれ?土曜の朝じゃなかったっけ?」と思ってしまったのが今朝はややつらかった。

今日は休み明けの割には結構忙しく、ややこしい問題も若干起こり、夕方からは連休前に予兆はあったのだが、ちょっと込み入った状況の会議が、、、。

こんなことをやっているうちに、あっという間に夏になるのだろうなと思った。

今、植芝盛平翁のお弟子さんの1人、砂泊かん秀氏の本を読んでいるのだが、合気道の技の本ではなく、その根底にある思想、書かれた時代(1970年代?)にすでに起きていた自然破壊、人心荒廃を憂う内容に今のところなっている。
これを読んでいると、自分は何のために生きていて、どこを目指して歩いているのか?といったことを考えさせられてしまう。人のため、世のためになにをすべきなのかとも考えさせられるが、もちろんその前に食うこと、家族を養うことが前提となる。

今は2006年。物質主義、商業主義は当たり前。「勝ち組負け組み」「負け犬」等等人をばっさりと切り捨て、我さえ良くば、という生き方がまかりとおっている。
そんな中で、「自分はなんのために生きているのか」ということを改めて考えるのは大事なことだが、そう簡単に答えがでるものでもない。
なんとなく言えるのは、少なくとも毎日毎日いい加減ではなく、きちんと生きるということかな。

といいながら自分はスペイン語学科卒だけあり、ラテン系の概念も少し入っているので、
仕事においてはすぐ、「アスタマニャーナ(Hasta manana)」になってしまうのだが。