遥けきミャンマー

今週は電車の中で、ランド屋太郎さん一押しの、日本が世界に誇る辺境(偏狂ではない)作家高野秀行氏の『ミャンマーの柳生一族』ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)を読んでいた。
高野氏といえば、ミャンマーに居たとき、上司のランド屋太郎さんに『ビルマ・アヘン王国潜入記』ビルマ・アヘン王国潜入記を借りて読んだことがある。その時の印象から硬派なイメージを持っていたのだが、今回の柳生一族は、かなりユーモアあふれ、高野氏の印象がかなり変わった。
しかも、この本は2003−2004頃、あの船戸与一氏と高野氏という辺境作家コンビがミャンマーへ行くという珍道中で、しかも船戸氏の新刊『河畔に標なく』河畔に標なくの取材旅行だったのだ。
ミャンマーの柳生一族とは、当時ミャンマー軍および諜報活動を一手に担っていた、キンニュン一族を、江戸幕府における柳生に見立てたもので、編集学校ばりの秀逸な「見立て」である。

本の中身については細かく説明はしないが、読んでいたら久々にミャンマーへ行きたくなってしまった。
1998年12月に帰国してから一度もミャンマーの土を踏んでいないが、この本を読んでいる限り、ほとんど変わっていないようだ。人々は相変わらずローンジーを履き、国内のエアラインは相変わらず突如としてフライトキャンセルになる。
大きな変化としては、2005年の柳生一族のトップ、キンニュンが失脚したこと。それも日本ではたいしたニュースにはならない。

船戸氏は、特にゲリラの取材をした風でもなく、護衛のMI(軍情報部)の連中と中国国境付近へ行ったり、酒を飲んだり、昼寝をしたりしながら、突然本の題名だけひらめいたみたいに高野氏は描写している。
「おい、高野!本のタイトルがひらめいたぞ。『カハーンニシルーベナーク』だ」というくだりがメチャメチャウケてしまった。
もちろん、書かれていないだけで、ちゃんと取材することはしたと思うのだが、船戸氏はある意味天才肌だと思った。この流れで読んでしまおうかな?『河畔に標なく』。藤原さんの『渋谷』よりも先に。